長崎県「端島(軍艦島)」を巡る

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自分が恐らく小学生の頃だったと思いますが、AC(当時は公共広告機構。今のACジャパン)で放映されてた短いCM。それに映っていた軍艦島という存在をその時初めて知りました。
CMでは石炭を掘り尽くし資源が無くなり、5000人ほど住んでた人がこの島から消えたというCM。私たちは資源の無い日本に住んでいますというキャッチで終わってましたが、当時子供だった自分はその映像がとても心に残ってました。こんな小さいところにこれだけの人が居たのか、という事実と、こんな無人島があるのかという驚きと。幼心?に何時か行ってみたいと思ったものです。

そして2015年、世界文化遺産登録され、世間的にかなり注目を集めたように思います。
頭の片隅に残っていた軍艦島というワードが蘇ってきましたが、九州に一度も行った事が無い私ですし(笑)、私の住む関西からはとても遠いので行くのも難しいよなと思ってました。2009年頃からは軍艦島へ上陸するツアーも始まっていたとのことで、色々HPを見てみるもヘタしたら半年先まで週末は予約で埋まっているという状態。これは無理だなあと思ってました。しかし思い切り潮風や大波が当たる場所だけに建物の劣化も激しく、何時崩壊するか分からないようなレベルになっているようで、何時までもこの場所の姿が残っているとは限りません。

今回良いタイミングで九州へ向かう予定が入り、この機会を逃したら二度と行けないのではと、無理やり滞在を伸ばし(笑)、行きたいところを巡ってきました。ここ以外に池島(2001年に閉山した九州最後の炭鉱)も行きましたが、そちらは別エントリーにて。




軍艦島へ上陸する際は5社のツアー会社があり(この5社以外に上陸が認められていないとのこと)、その中からどれにしようかと思ってましたが、元端島住人でNPO「法人軍艦島を世界遺産にする会」の理事長である坂本氏がガイドをするという部分が決め手で、シーマン商会(http://www.gunkanjima-tour.jp/)さんのツアーに決めました。
(※当日はこの坂本氏のガイドでしたが、そうじゃない日もあるみたいでした)

こんな船です。もっと大きい船を使ってるツアーもあるみたいですが、大きい船=大人数を乗せて行くということですので、自ずと上陸時は人でごった返します。上陸時の規制?で上陸から出航まで30分という時間が決められているそうなので、そう考えるとむしろ少人数(今回は4~50名くらいだったでしょうか。満席でした)で行ける方がゆとりがあるのかもしれないなと当日思いました。

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天候は快晴。この天気だけが一番気になる点でした。天候が悪いと軍艦島周囲を遊覧するだけで上陸が出来ないという事もあり、実際年間100日くらいしか上陸できないみたいです。折角来たにに上陸できないとか最悪だと思ってたので、天気に関しては祈るしかありませんでしたが晴れてくれて並も穏やかでしたので本当に良かったです。

軍艦島へ向かう船内では、ガイドの坂本氏は、自身の軍艦島(ご本人は正式名称である端島という名称が故郷だと仰られてましたが)での暮らしの体験を交えながら、とてもユーモアのある語り口調でお客さんの笑いも多く、それでいて単なる観光名所にしたいんじゃない、故郷を守りたいんだという願いもも語られ、当時の人々の暮らしに想いを馳せ、聞き入っておりました。

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そんな感じで40分くらいでしょうか。
軍艦島の近くへ辿り着きました。
近くで見るこの島の迫力に圧倒されました。廃墟マニア?な方なら固唾を呑む瞬間じゃないでしょうか(笑)。上陸前に島の周りをゆっくり周回し、船の外から写真撮影をする時間も設けられ、何枚か写真を撮った後は肉眼でじっくり目に焼き付けておりました。
なお、軍艦島で魚釣りをしている人がいてビックリしたのですが、法的に問題ないらしくむしろ自分達が釣りの邪魔をする立場なので迷惑をかけないようにしています、とスタッフの方がお話されていたのが印象的でした。

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そしていよいよ上陸です。
天候は最高で波も超穏やかだったのですが、上陸時に接岸したら打ち付ける波で船がかなり大きく上下をし続けます。これって本当に降りられるの?って感じでしたが、何とか大丈夫でした。これだけ穏やかなのに上陸時にこれだけ揺れるって事は、そりゃ多少天気が悪くて波が高い時は上陸は無理だろうなと思いました。

上陸したら説明を聞くポイントまで止まらずに歩かされます。足場はしっかり舗装され、そこ以外は柵で入れないようになっていますのですが、実際は殆どの場所が立ち入り禁止区間となっていて、実際歩ける場所というのはかなり限られております。軍艦に見えるシルエットで言えば、先頭部分の一部だけが歩けるポイント、しかも舗装されている部分のみです。
全域を巡りたい気持ちは勿論ありましたが、これだけ損傷が激しく、何時崩落するか分からない建物だらけであれば、こればかりは仕方ないと思います。説明ポイントまで歩きながらひたすら写真を撮りました(笑)。

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そして説明ポイントで坂本氏のお話。
大変興味深い話が続きます。話の詳細は割愛しますが、この島は当時の日本の未来を映したような最先端の島だった。それが今ではこの風景になってしまったが、これももしかしたら日本の未来を映しているのかもしれない、という言葉もとても印象に残りましたし、島内にある学校の校舎の基礎部分がえぐられ塩水が浸かった状態で蝕まれていってる為、どんどん崩壊の危険性が高まっているが、現在その校舎土台を固める工事がようやく始まったと。そしてこの校舎こそが自分の残したいものなんだとお話されてました。
また冒頭で私が書きましたCMの話で「石炭を掘り尽くし、島から人が消えた」と言ってたとありましたが、実際は日本のエネルギー政策の転換(石炭から石油へ)で、強制的に島から離れなければいけなくなった事(なのでCMで謳われてた意味合いとは大きく違うと思います)など、参加者全員が聞き入ってました。この方のガイドだけでも十分価値があると思いました。

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ちなみに、軍艦島の世界遺産というのは、自分も知りませんでしたが島全体が登録されているのではなく、下記写真の元の防波堤跡など一部箇所のみが世界遺産とのこと。言い換えればそれ以外に関しては保存義務が無いという事みたいなので、このままでは朽ち果てていくだけという事なんだと思います。学校校舎跡の補修開始なども見られましたので、保存するためにまだまだ注力されているのだと思います。

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何ヶ所かのポイントでガイド説明があります。話が終わると少し撮影時間が設けられるといった感じです。ちゃんとしたカメラは持って行ってなかったのでスマホのみですが、上陸時に移動出来た範囲内での様々な写真を掲載しておきます。

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そして時間が来たため船に戻ります。

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岸から離れるとすぐに次の遊覧ツアーの船が接岸します。

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自分は廃墟マニアとかそういうのではないのですが(笑)、歴史を感じる場所というのは何処であっても好きだったように思います。今回幼少の頃に行きたいなと思ってた場所にようやく行けた訳ですが、この場所で働き暮らした人達の面影を十分感じる事が出来ました。
こんな小さい場所に最盛期は5000人ほどが暮らしていた(当時の東京の9倍?の人口密集率は世界一だったとか)というのも凄いですが、当時はきっと操業の音、そして人々の活気あふれる音が24時間絶える事無く続いていたんでしょう。しかし今は耳を澄ますと聞こえるのは波の音と風の音だけでした。時代に翻弄されこの場所を去っていった人たち。そして無人島になって今年で44年が経ち、島はどんどん面影を残す事が困難になりつつありますが、単なる観光地ではない、色々な事を考えさせられる場所でしたし、これからもずっとこの姿が残り続けて欲しいと思える場所でした。

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